誰もが知る、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」。
健康な体と心で、威張らず立派な人になりなさいという詩……
ではありません。
ここで、詩の最後をよく思い出してみましょう。
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
賢治さんは、そういう者に「ナッタ」とも、「ナリナサイ」とも書いていません。
「ナリタイ」(そして、なれなかったなあ)なんです。
この詩がなぜそんな後悔を綴ったものになったのか? 賢治さんが持っていなかったものと一緒に、見ていきましょう。
丈夫な身体
これが書かれた頃の賢治さんの様子をざっくり説明すると、「農民になろうとして失敗、新しい職場の激務で倒れる」です。『雨ニモマケズ』は、病床で書かれたものです。
元から賢治さんは身体が弱い人でした。新しい環境に次々身を投じたのは、彼の身体によくなかったのだと思います。
そうなると、『丈夫ナカラダヲモチ』が、「もっと丈夫な身体があれば頑張れたのに」という後悔の声に聴こえませんか。
小さな茅葺の小屋
賢治さんの実家は、かなり裕福な家でした。後年は自分の意志で質素な家に暮らしていましたが、「あいつは金持ちだ」というラベルは剥がれません。
賢治さん自身も実家の莫大な仕送りで暮らしていたので、「元から裕福じゃない家に生まれて、暮らしてみたかった」という願望があったのだと思います。
それ以外にも、東西南北どこでも行くことは不可能ですし、色々と理想的な言葉が入っていることがわかります。
この詩は世間に出版する予定もなく、自分の内側だけで書いたものでした。死を意識した病床で、「こんなふうになりたかった」と思って書いている様子が目に浮かびます。
おわりに
このような見方をしてみると、学校などで朗読したあの雰囲気とは全然違うものが読み取れそうですよね。
ぜひあなたも、賢治さんの「後悔の詩」を、もう一度読んでみませんか。