こんにちは。ウィステリアです。
今日は、ある曲と宮沢賢治の関係性について話していきます。解説に気合いを入れるために、これ以下は「です、である調」になります。
……あなたは、「INTERNET YAMERO」という曲を知っているだろうか?
なかなか強烈なタイトルだが、やはり曲の内容も強烈である。説明を試みると、『インターネット上に現れたかわいい配信者をイメージした曲。ネットの苦しさと優しさに翻弄された心情を表す混沌がとてもよく表されている』というような内容だろうか。
いや、その「インターネットやめろ」と、100年以上前の詩人である宮沢賢治にどんな関係があるんじゃい、と思った方も多いだろう。
それではここで、一つ歌詞を書きぬいてみる。
インターネット・エンジェルという現象は
仮定された有機交流電燈の
かわいい虹色の照明です ぷいっ
あらゆる透明なアカウントの複合体
どこかで聞いたことがあるような……。
わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
引用:宮沢賢治 『春と修羅』
まだまだある。
あんなにおそろしい乱れたインターネットから
この雪みたいに
美しい毒電波がきたんだよ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
引用:宮沢賢治 『春と修羅』
この曲の締めはこんな感じ。
わたしは インターネットの天使なのだ
おれはひとりの修羅なのだ
引用:宮沢賢治 『春と修羅』
完全に一致、である。
インターネットと何も関係のない宮沢賢治の詩たちが、どうしてこの曲に採用されたのか?その答えは、作詞の「にゃるら」氏にある。
にゃるら氏は、宮沢賢治が大好きなのだ。賢治さんにまつわるにゃるら氏のツイートやnoteを拝見したが、一言でいうと「めっちゃ好きじゃん」という感じだ。
この曲も、「インターネットの混沌」と、「宮沢賢治の心象の混沌」がうまく混ざり合って、唯一無二の作品を生み出している。
インターネットオタクの救済と、インターネットに毒された自分自身の救済の間で揺れる「INTERNET YAMERO」の主人公。
農民の、ましてや人類ぜんたいの幸福を願いつつ、自分自身の「修羅」(人間世界よりひとつ下の世界、怒りや争いに満ちているところ)と葛藤した宮沢賢治。
この二人には大きな共通点がある、とにゃるら氏は考えたのだろうか。
何にせよ、とても面白い取り合わせだ。ぜひ一度この事実を知った後に聴いてみてほしい。