ウィステリア|読書と宮沢賢治

宮沢賢治さんが大好きな学生です。最近は近代文学にハマっています。

一つのことに熱中しすぎて何も感じなくなったときの対処法~宮沢賢治~

こんにちは。ウィステリアです。

宮沢賢治さんが大好きな学生です。

 

私は賢治さんにハマりたてのころ、四六時中彼の本を読んでいました。朝起きて読んで、学校行って読んで、帰宅して読んで……という感じでした。

 

始めはその生活がとても楽しかったです。しかし、一か月ほど経つと、賢治さんの本を読んでいても、どこか素通りしているような感覚に襲われました。

なんだかおかしい。読めない……。そう思って、私は気づきました。

 

私は賢治さんの本ばかりを読みすぎている。

 

読みすぎて、この一か月間、「それ以外の経験」がすっぽり抜け落ちてしまっていたのです。

例えば音楽を聴いたり、動画を見たり……。そういう、別の視点から心を豊かにするものがちょっと足りていなかったように思います。

 

その後の私は、一度賢治さんの本を置いて他の趣味を楽しむようにしました。

すると不思議なことに、二週間後にはまた、賢治童話を「やっぱり面白いな」と感じることができるようになりました。

 

感受性というのは、水やりに似ているように思います。

私は「賢治文学」という苗にばかり水を注ぎすぎて、あやうく枯らしてしまうところでした。

そうなった時は、他の苗に水を注ぎましょう。育てましょう。

そうしたらきっと、ちょうどよいタイミングで熱中していたものがまた水を必要とするときが来るのだと思います。

 

たまには寄り道したり、休憩したりすることも大切ですね。

そんなことを学べて、また賢治さんを好きになれた時のお話でした。

それではまた、次の更新で会いましょう。